紙袋を覆面代わりに被った老人が地方銀行で2000万円を強盗。金ピカの宮型霊柩車で逃走し、妻と共に行方をくらました。強盗事件はあっという間にニュースになったが、老夫婦の行方も、霊柩車も、奪われた2000万円も不明のまま月日は過ぎていった──。
時は流れ2018年。台風が近づくある夏の日、鈴木小鉄は妻の美代子と娘のユズキを連れて実家へと車を走らせていた。10年前に銀行強盗をして世間を騒がせた両親の葬儀に参列するためだ。葬儀といっても、死体はおろか霊柩車すら見つかっていない。にもかかわらず形式的な葬儀をする理由は、きょうだいで財産分与を行うためだった。
すっかり朽ち果てた実家に一番乗りで到着したのは小鉄たちだ。葬儀屋を併設した古びた二階建ての日本家屋、表札には「鈴木一鉄」とある。店のシャッターには「盗人」「バカ」などとペンキで描かれ、当時の記憶がよみがえる。鈴木家の居間には2つの棺桶が並び、小さな写真立てには28年前の両親が映っている。
しばらくして長女の麗奈がやって来る。麗奈は両親の事件のせいで離婚、現在つき合っている男性はいるが独身だ。ほどなく住職の萬福寺さんがやって来て、“見せかけ”の葬儀が始まり、遅れて次男の京介も到着する。兄の小鉄とはあまり仲は良くなく、小鉄が遺産を独り占めしようとしているのではないかと勘ぐっている。残るは兄姉から可愛がられていた末っ子の千尋だが、なかなか姿を現さない。葬儀開催のハガキが届いていないのだろうか……。葬儀が終わっても千尋がやって来る気配はなく、仕方なく3人で財産分与についての話し合いをすることにする。
「預金や保険も一通り調べたけど、大した額じゃないから、遺産はこの家と土地だけだ」と、いかにも長男らしく振る舞いその場を仕切ろうとする小鉄。どんな仕事も長続きしない彼にとって「遺産」という二文字は何にも代えがたいほど魅力的だったのだ。おまけに少し前、勤務中に玉突き事故に巻き込まれてむちうちになり、首にはサポーター、頭には包帯が巻いてある。何としても遺された家や土地をお金に換えたい、一番多くもらいたい、というのが小鉄の本音だ。財産分与について話し合う最中、玄関のインターフォンが鳴る。ようやく千尋が来たのだろうか? しかし、そこに立っていたのは千尋ではない、茶髪のチャラチャラした男だった。見知らぬ訪問者によって、話し合いは思いがけない展開に転がっていく。きょうだい同士がこれまで溜めてきた想い、小鉄とユズキの間にある親子の溝、そして10年前に両親が起こした強盗事件の背景に何があったのか? 刻々と台風が近づくなか、鈴木家にも嵐が渦巻いていた……。